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癒しの羽

癒しの羽

第一章『Beginning by the end』

    第一章

走る。走る。走る。
晴れた空の下、緑の映える草原の上を。
見晴らしのいい地形で、天気もいい。ピクニックには最適かもしれないが、残念ながらここはゲームだ。
類型1500万人以上がオンライン登録をしているネットワークゲーム<ザ・ワールド>の中のとある草原で、オレは走っていた。

風が、オレの紅い髪をなでる・・・そんな錯覚さえする。
「ほんっと、近頃の技術ってすげぇな~」
走りながら呟く。ゲームだから息切れもしていない。
「おぉっ!魔方陣め~っけ!」
オレの目の前にくるくると回る光の円『魔方陣』が見えてきた。迷わず突っ込んで行く。
光の円が弾け、モンスターが出現した。
オレはわざと弱いエリアを選んだので、ココには弱いモンスターしか出ない。
案の上、目の前に現れたのはゴブリン、それが2体。
「楽勝だぜっ!」
オレは不適な笑みを作り、オレの愛剣『大地割りし大剣』を構えた。
大剣を振るう。一撃でゴブリンは消滅する。
「もう一匹…逃がすかぁっ!」
そろそろと逃げて行くゴブリンに、オレは呪紋―他のゲームでいう所の魔法だ―を発動する。
「喰らえっ…オメガノドーン!」
ゴブリンの頭上に巨大な岩が出現し、落下した。
ズーーーン・・・!
もう一匹のゴブリンも消える。「バトルモードオフ」のロゴが出て、戦闘は終了した。

・・・そろそろ、自己紹介が必要だろう。
オレの<ザ・ワールド>での名前はアレス。
赤髪に蒼眼、全身にアーマーを着込み、大剣を背負った風貌。
このゲームはやり込んでいるので、レベルは高い。
そして、オレの当面の目標・・・
・・・双剣士「楚良」を見つけ出すコト。

まぁ、きっかけは些細な事だった。
昔、まだレベルの低かったオレは当時、PKの奴らにからまれていた。
あ、PKってのは「プレイヤーキラー」の略で、他人のPCを殺して、満足している、面白がっているPCの事。
別にオレはPKの事はどうとも思っちゃいない。殺されるような弱い奴が悪い。
とにかく、そいつらに殺されそうになった所を楚良って奴の気まぐれで助けられた。それだけ。よくあるハナシ。
・・・結局その後俺も殺されてしまったのだが。まぁ、弱かったオレが悪いと思って、納得しよう。
だが実は、オレはまだ楚良に会ってどうするのか決めていなかったりする。
会ってあの時の事を感謝するのかもしれないし、仕返しに俺がアイツを殺すのかもしれない。
とりあえず、今は会ってみたい、会ってからの事はその時に考える。
それで、今もあちこちのエリアを捜索してるのだが、、、
「いねぇ・・・ココにもいねぇ・・・」
ダンジョンの最下層まで行ったのだが、結局見つからなかった。
「しゃあねぇ、帰るとすっか・・・」
オレはコマンドメニューを開き、アイテム『精霊のオカリナ』を使う。
効果音とともに、オレの体は光に包まれて・・・




『Δサーバー 水の都 マク・アヌ』
「・・・しまった、アイテム取り忘れた・・・」
街について、思い出した。
ダンジョンの最下層の部屋には、『神像の間』という場所があって、そこには高価なアイテムが手に入るのだが、オレは楚良がいない事を確認すると、アイテムを取らずに街に帰ってしまった。
「また取りに行くのも面倒だし・・・まぁいい、諦めよう・・・」
オレは肩をがっくり落としながら、街のシンボルとも言えるアーチ橋から、その下を流れる運河を眺める。
今オレがいるマク・アヌは、冒険の拠点となる数あるルートタウン(街)の中でも初心者が集う場所だ。
マク・アヌとはこの世界の言葉で『女神の息子』という意味があるらしい。
それが何故水の都の名前なのかは不明だ。
この街には大運河が流れ、運河を街めぐりのゴンドラが流れ、その運河の上にアーチ橋が架かっている。
・・・とまぁ、町の説明はこんなトコだ。

「ゴンドラ、いいよなぁ・・・乗ろうかなぁ・・・」
完璧にオレはだらけていた。
「でも、仮にも『大地の牙(自称)』のオレが、今更ゴンドラもなぁ・・・;」
大剣を担いだ赤髪の男がぶつぶつ呟いている。客観的に見ると凄く嫌な光景かもしれない。
そこに、一人の剣士が近づいてきた。
「おいおい、こんな所でお前がぶつぶつ言ってると、相棒であり『大樹の爪(自称)』でもあるこのオレ様の株まで下がるだろ?」
「お前の株なんて元から低いだろ・・・」
黒の長髪に緑眼、軽いローブだけを羽織り、日本刀を腰にさげた風貌の剣士が呆れたようにかけた声を、オレは瞬時に返した。
「大体なぁ、『オレ様』なんて一人称からすでにカッコ悪いんだよ、キョウ」
「何っ!?そ、そんな事無いぞっ!!」
いちいちムキになっているこの男の名前は『キョウ』オレの親友であり『フェンリルの爪牙(自称)』の相棒でもある。
何かと格好にこだわるが、あまりカッコよく見えないという面白い奴だ。
「まぁ、それは置いといて・・・アレス、仕事だ。」
急にマジメ顔になってキョウは言った。
「仕事・・・?また初心者の護衛か?」
うんざりしてオレは返した。
「いや、今度はちゃんとした仕事だ。お前でも最近このゲームで意識不明者が出てるってコトくらいは知ってるだろ?」
「あぁ、一応な・・・」
キョウの言う通り、このゲームをプレイ中に意識不明になった人間が複数いる。なのにこのゲームが廃止にならない所が、ニュースなんかでも問題として取り上げられていた。
「『Δ 萌え立つ 原初の 碧野』で仕様にはないモンスターが出現し、そのモンスターにやられた人間が意識不明者になったらしい。」
「・・・お前、何でそんなコト知ってるんだよ?」
「どうやって情報を入手したかは秘密だが・・・情報源はその意識不明者と共にダンジョンを攻略していたPCからだ。まだ始めたばかりの時にそんな事件に立ち会ったなんて、不幸だよなぁ?」
「どうでもいいよ、そんなコト・・・」
オレは腕組みをしてうんうん頷く相棒を呆れ顔で見ながら言った。
「で、オレ達はどうすればいいんだ?」
「あ、あぁ・・・」
ようやくこっちの世界に戻ったらしいキョウは、いちいちマジメな顔に戻ると
「とりあえずそのダンジョンを捜索する。『フェンリルの爪牙』結成以来のマトモな仕事だ、ヘマするなよ?」
「オマエこそ、死に掛けても助けてやらねぇからな?」
言い合いをしながらもダンジョンへ行く準備をするために、オレ達は街の中を走り回り、道具を買い漁った。

「あのぅ、すぃません・・・」
と消え入りそうな声をかけられたのは、オレが(無駄だと分かりつつ)道具屋で値切りをしている時だった。
「・・・・・」
オレはその声の主をじっくりと見た。(多少マナー違反ではあるが…
PCの姿は、3年ほど前にBBS等で話題になった呪紋使いの「司」というキャラと同じタイプだろう。多少幼い顔立ちに設定してあるようだが。
薄い青をベースとしたローブに、水色の髪と群青色の眼。
装備している杖と反応からして、初心者のようだ。
「あ、あの・・・」
視線と沈黙に耐えかねたらしく、向こうが話を切り出した。
「あ、悪い。」
とりあえずオレは謝り
「で、オレに何か用か?」
そう返した。
「えっと、ですね・・・さっきの話を聞いちゃったんですけど、あの初心者用のエリアに行くんですよね・・・?」
消え入りそうな声でぼそぼそと言われる。
「さっきの・・・?あ、『Δ 萌え立つ 原初の 碧野』のコトか?」
「は、はぃ、それです・・・」
全然話が見えない。
「確かに今から行くけど、それがどうした?」
オレが苛立っているのを感じとったのか、彼女(?)は申し訳なさそうに
「えっと・・・私今このゲーム始めたばかりで・・・全然分からなくて・・・知り合いもいないし・・・ですから、よかったら手伝ってほしいんですけど・・・」
と、消え入りそうな声で言ったのだった。
オレは内心呆れた。さっきの話を聞いていたら、今から行くエリアが意識不明になる危険性があるという事がわかっているはずなのに・・・。
「悪いけど、オレ達は今から・・・」
「別にいいじゃん。女のコならオレ様は大歓迎だぜ?」
嫌な奴が来やがった。しかもオレのセリフを遮って。
オレは、いきなり現れた奴・・・キョウに文句を言うため、ささやきで話しかけた。
「おい、今から何しに行くか分かってんのかよ?」
「もちろんだ。だが呪紋使いは必要だろ?」
「まだこの人はレベル1だ、使えねぇだろーが」
「その辺はカバーすればいいだろ?」
「誰が・・・」
「もちろんお前。」
「おいっ!」
キョウはオレの文句を無視すると、さっきから言葉の聞こえない言い争いをおろおろと眺めていた少女の方を向いた。
「いいぜ、護衛を引き受ける。」
「え、いいんですかっ!」
少女の顔が喜びの表情へ変わる。
「あぁ、オレ様はキョウ。こっちのうるさいのがアレス。君は?」
「ほむらと言います、宜しくお願いしますっ!」
「アレス、いつまで騒いでるんだよ?さっさと行くぞ。」
オレの返事も待たずに少女…ほむらとキョウは歩き出す。
オレは肩を落としながら二人に続いた。ぶつぶつ文句を言いながら。


「わぁ・・・・」
エリアに着いて、最初に出たほむらの言葉がこれだった。
「すっごいですね~!」
満面の笑顔でそう言うのだが、このゲームをやり込んでいるオレには何が凄いのか分からなかったので
「あ、あぁ・・・」
と適当に返した。
『Δ 萌え立つ 原初の 碧野』は草原のエリアだった。
雲一つ無い晴天で、空には円形の「紋」が浮かんでたりする。
「で、どうするんだ?」
オレは飛び回る鳥を見上げながら、キョウに尋ねた。
「じゃあ、ダンジョンに入る前にその辺ほむらちゃんのレベル上げでもするか!」
コイツ、本当にほむらを使う気かよ・・・っていうか、ちゃん付けするなよ・・・
オレはまた文句をキョウにぶつけたくなったが、ほむらが
「は、はぃ!が…頑張りマスっ!」
・・・なんて裏声にまでなりつつ緊張&期待をして、その上目を輝かせてこっちを見てるから、何も言えなかった。

・・・・数分経過。
「ら…ラクドーンっ!」
キョウからもらった『火竜の骨杖』を手にし、ほむらはどんどんと敵を倒していた。
やがて、『魔方陣ALL OPEN!』のロゴが出た。つまり、フィールド上の魔方陣が無くなったってコトだ。
「きょぉ~・・・そろそろ行こうぜ~・・・」
いい加減待ちくたびれたオレは、ほむらを褒め称えているキョウに言った。
「あ、忘れてたぜ・・・」
「おぃおぃ・・・」
キョウはオレの『じと~っ』とした視線を無視して、ほむらを連れてさっさとダンジョンに入っていった。またも、オレはぶつぶつ言いながらダンジョンに入って行くのだった。

『Δ 萌え立つ 原初の 碧野』のダンジョン内は石造りで、足音がやけに響いた。
入ってすぐの部屋には、宝箱が二つあった。
「こっちの宝箱は普通に開けれるんだけど、こっちの青い宝箱は『幸運の針金』で開けないとトラップが・・・」
キョウが丁寧に説明している。ほむらはそれをコクコク頷きながら聞いていた。
特にすることもないオレは、欠伸をしながら壁に寄りかかろうとして・・・
「・・・!?」
自然と、次の部屋へと続く扉の方を向く。
このダンジョンで、何かが起こっている。何故かそう感じた。
奥の階に何か居る。間違いなく。
突然表情を変えたオレを、キョウとほむらは不安げに見つめていた。
「なんだよ、いきなり・・・」
キョウが話しかける。
「キョウ、戦闘の準備だ。ほむらは・・・ココに居てくれ」
オレはキョウの言葉に耳を傾けず、そう命令した。
言い切るや否や、下の階に向かって走り出す。
「ちょっ・・・待てよっ!」
キョウも追いかけるように走り出した。
一人残されたほむらは、二人が走っていくのを茫然と見つめていた。

階段を下りて先に進み、扉を潜り抜けて・・・オレは、言葉を失った。
「なんだ・・・ココは・・・」
後から追いついてきたキョウが、そんな言葉をもらす。
其処は、此処とは違う場所だった。
緑色の空、所々グラフィックの裂け目がある荒野。
こんな場所は、この『世界』には存在しない。
存在しない・・・はずなのに。
その荒野の中心に、『ソレ』はいた。
人の形はかろうじてしている。石のような肌、無機質な表情。
紅い十字架を右手に持ち、こちらを睥睨している。
「・・・で、どうするよ?」
オレはキョウに問いかける。
「システム側に連絡・・・する暇も無いし・・・」
キョウはにやりと笑い、こちらを見る。
「戦闘・・・」
「開始だっ!」
オレは大剣を構えて、目の前のモンスターに突進する。
その間に、キョウは数枚の呪符を両手に持ち、構える。
呪符とは…アイテムによってお札や巻物だったりするが…魔法が封じ込められたアイテムで、使用するとSP(呪紋を使うための力)を消費せずに呪紋を発動する事ができる。
キョウは自称『符術士』で、この手のアイテムを大量に所持し、使用している。
「風・妖・刃!」
キョウが叫ぶ。
すると、十字架モンスターの足元に鋭利な木が出現し、モンスターを串刺しにする。ダメージは与えられなかった。
「次、吊り男のタロット!」
キョウが叫ぶと、モンスターは黄色い光に包まれ、動きが止まる。
「ガンズ・・・マキシマ!」
その間に距離をつめていたオレは、下段、上段、と剣を振る。
普通ならこの技でかなりのダメージを与えられるはずだが。
全くのノーダメージ、何故だ?
「くそっ、もう一撃・・・ガンディバイダー!」
オレは前方宙返りをし、遠心力をのせて剣を振り下ろ・・・せなかった。
「っ!?」
オレは宙で動きを止められていた。背後にあの十字架が。
オレの両手両足が勝手に動き、十字架に貼り付けにされたようになる。
「アレスー!」
キョウが叫ぶ。
モンスターが左手をオレに向ける。左手に腕輪のようなモノが見えるのは、気のせいだろうか。
左手から、光の矢のようなモノがオレに向かって飛ぶ。
『死の恐怖』
オレの脳裏にその言葉がよぎった時、光は目の前に迫っていて。
キョウの声が、遠くに聞こえる。
・・・・そして、目の前が真っ白になった。


       「Beginning by the end」完


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